### 『月明かりを運ぶ猫』
【一ページ目】 デジタルワールドの朝、ゆうは屋上工房で小型ドローンを調整していた。 街じゅうの機械は、電子信号ひとつで静かに動く。 けれど、窓辺に置いた猫型端末だけは、何度命令しても動かなかった。 「まったく、気まぐれな機械ね」
【二ページ目】 そこへ、紫色の髪をしたソラが工具箱を抱えて現れた。 彼女は猫型端末の前にしゃがみ、指先で床を二度叩いた。 端末は耳をぴくりと動かし、ゆうの設計図を踏んで逃げた。 「故障じゃない。今は、行きたい場所があるのよ」
【三ページ目】 猫型端末が向かった先は、旧市街の停電区域だった。 そこでは、街灯も通信塔も眠り、細い路地だけが暗闇に沈んでいた。 ソラは端末の足跡を追いながら、胸元の制御機を起動した。 ゆうも黙って、予備バッテリーを背負った。

【四ページ目】 路地の奥で、一匹の本物の猫が震えていた。 首輪の発信機は壊れ、帰る家の位置情報を送れなくなっている。 猫はゆうの手を避け、ソラの工具にも見向きもしなかった。 「逃げるなら、逃げられる道を先に作るの」
【五ページ目】 ソラは捕まえようとせず、路地の壁に小さな光の道を投影した。 ゆうは発信機を修理し、猫が自分で選べるよう信号を弱く調整した。 猫はしばらく二人を見つめ、それから光の上を一歩ずつ進んだ。 その先には、遠く離れた飼い主の端末があった。
【六ページ目】 通信がつながると、暗い路地に柔らかな声が響いた。 猫は一度だけ振り返り、ゆうの靴に頬をこすりつけた。 次の瞬間には、光の角を曲がって姿を消していた。 ゆうは手を伸ばしたまま、少し笑った。

【七ページ目】 「追わないの?」と、ソラが尋ねた。 「追わない。あの子が戻りたい場所へ行けたから」 ソラは満足そうに頷き、猫型端末を抱き上げた。 だが端末はすぐに彼女の腕から飛び降り、また別の路地へ走った。
【八ページ目】 ゆうはため息をつき、ソラは負けず嫌いな顔で追いかけた。 二人の後ろで、停電していた街灯がひとつ、またひとつ灯る。 機械は命令だけで動くものではなく、誰かの帰り道を照らすためにも使える。 屋上へ戻るころ、夜空には星が浮かび、猫の足跡だけが光っていた。
【最後のページ】 ソラは空を見上げ、静かに言った。 「自由なものを、自由なまま守れる技術がいいわね」 ゆうは返事の代わりに、工具箱を閉じた。 遠くで、あの猫の鳴き声が一度だけ聞こえた。