### 『ひと呼吸ぶんの灯り』
【1ページ】 夕暮れの町に、仕事帰りの人たちが流れていた。 リースは鞄を肩にかけ、長い一日を引きずって歩く。 足元には、まだ終わっていない用事の影。 「今日は、ちょっと疲れたな」
【2ページ】 公園のベンチに、ユウが座っていた。 落ち着いた顔で、紙コップの湯気を眺めている。 リースに気づくと、ゆっくり手を上げた。 「おつかれ。まずは、肩を下ろそっか」
【3ページ】 リースは隣に腰を下ろした。 張っていた肩が、少しだけベンチに沈む。 遠くで自転車のベルが、ちりん、と鳴った。 「下ろしたら、戻ってこないかも」

【4ページ】 ユウは真剣な顔でうなずいた。 「そのときは、肩にも休暇をあげよう」 リースの口から、小さな笑いがこぼれる。 その瞬間、ユウは何もない地面につまずいた。
【5ページ】 「大丈夫?」とリースが立ち上がる。 ユウは照れくさそうに笑い、膝を払った。 「地面が急に近づいてきたんだ」 夕日が、二人の影を長く伸ばした。
【6ページ】 リースは今日あったことを、少しずつ話した。 うまくできなかったこと。 人に気をつかいすぎて、言えなかったこと。 ユウは途中で口をはさまず、最後まで聞いた。
【7ページ】 「全部、今日のうちに片づけなくていいよ」 ユウは紙コップを、リースのほうへ寄せた。 「心にも、閉店時間があるからね」 リースは湯気の向こうで、目を細めた。
【8ページ】 風が吹き、ベンチのそばの葉を転がしていく。 リースはゆっくり息を吸った。 ひとつ、吐く。 それだけで、胸の奥に少し空き場所ができた。
【9ページ】 公園を出るころ、町の灯りがひとつずつ点いた。 ユウはいつものように、頼れる足取りで歩く。 そしてまた、何もないところでつまずいた。 「今日は二回目だね」とリースが笑う。
【10ページ】 ユウは振り返り、照れ笑いを浮かべた。 「明日は、三回目を避ける作戦を考えよう」 二人の声が、夜の道に軽く弾んだ。 リースの肩は、もう少しだけ下がっていた。
【11ページ】 別れ道で、ユウは手を振った。 「疲れたら、話す。話せなければ、黙っていてもいい」 リースはその言葉を、ポケットにしまう。 明日のための、小さな灯りのように。
【12ページ】 家へ向かう道の途中、リースは空を見上げた。 星はまだ少なく、夜は始まったばかりだった。 けれど、歩く速さは自分で決められる。 背中の鞄が、さっきより少し軽く揺れた。